「なんだこれは!?」(©岡本太郎<笑>)と思った県道の数々。
最初にびっくりした県道はこれ。1986年の6月か7月ごろのことだったかな? 菊池に行って、その帰りに大津に寄ったときのことだと思うけど、大津植木線(旧国道57号。この当時、大津町内には標識がなかったけど)から肥後大津駅を見ると、そこには県道の青い標識があったのでした。名前も「大津停車場線」。は!? これって、どこからどこまでが県道なんですか? もしかして、この駅前の道がぜんぶってこと? 名前にしても長さにしても、「こういう県道があるのか」と、まさしくカルチャーショックだったのでした。
これは祖父からもらった熊本土木事務所の管内図を見てびっくりしたもの。「大牟田熊本宇土線」って、大牟田市からはじまってるってことでしょ? 県道が県境をまたぐってどういうことなの? いったいどうなってるんだろう?と、ものすごく興味深く思ったのでした。これが、自分が「道路好き」になったもっとも大きなきっかけだったといっても過言ではありません。
熊本土木事務所管内図でびっくりしたものその2。地図を見ると、全線が点線で記されている、つまりまだ「道路」としての姿はまったくない県道だったのです。「熊本港線」という路線名にもやはりびっくり。こういう「番号の先取り」みたいな道路っていうのもあるのだなぁと思ったのでした。
熊本港線がやっと「道路」として姿をあらわしたのは1988年だったと思います。大牟田熊本宇土線(現国道501号)から西側だけが、片側1車線の道路として開通しました。学校の帰りに何回か走りに行きました(家とはまったく逆方向なのですが)。熊本港大橋の入り口で道路は封鎖されていました。写真でも撮っておけばよかったかなぁ…。
現在は路線も全線開通、主要地方道となって、番号も「328」から「51」になっています。
熊本土木事務所管内図でびっくりしたものその3。「熊本山鹿自転車道線」って、なんですかこの路線名は!?と思ったのでした。自転車しか走れない県道なんてものがあるのか…と、これまたカルチャーショックだったのです。
その後、実際にこの県道を走ってみることにしました。天水熊本線(現熊本玉名線)から分岐していたのですが、まだ舗装していないところがあったりと、「これが県道なのか」としみじみ思いながら走ったものです。当時はまだ断片的にしかできていませんでした。北部町硯川(当時)で熊本鈴麦線に合流して終わっていました。その後、「もうちょっと先まで走ってみようと思っているうちに、なんと大牟田まで走ってしまった…ちなみに学校帰りのことです。
現在は全線開通し「ゆうかファミリーロード」という愛称もつけられています(あまり知名度はないようだけど<爆>)。そして、通勤のときにこの路線を(ほんのちょっとだけど)走るようになっていました…。
これは実際に走っていて見つけたもの(やはり1986年だと思う)。松橋町中心部のやや南側で、国道3号から分岐していました。しかし、路線名は「八代鏡宇土線」。ってことは、宇土からここまではどうなってるの?と思ったのでした。おそらくは国道3号と重複してるんだろうなぁ…と思いましたが、なんだかすごく強引な話だなぁと思ったのでした。
現在は、国道3号のバイパスが完成し、旧道が八代鏡宇土線となって残っています。路線認定当時からずっと「国道に埋もれていた県道」でしたが、こういうかたちで日の目を見る(?)ことになりました。
これも実際に走っていて見つけたもの。松橋熊本線(現国道266号)の松橋町と城南町の境界付近で、この県道の標識を見つけたのでした。なんじゃこの名前は!?と思いました(ちなみに、当時、路線名にカタカナが入っている県道はこれだけでした)。しかも、(後日再び松橋に行って確認したのだけど)この県道、松橋インターのずっと東側で国道218号と合流しているだけで、まるっきり「インターチェンジへの連絡道路」っていう感じじゃない! おそらく、インターチェンジまでは国道と重複してるってことになってるんだろうなぁと思ったのですが、これもすごく強引な話だなぁと思ったのでした。
現在、この路線は改良が進んでいます。「インターチェンジへの連絡道路」という感じはやはりしませんけど…。