FCからチケット優先予約の案内が届いたのは9月のことだった。ほぼ1ヶ月にわたるライブツアーの日程を見ながら、どこに行こうかと考えていた。まず、いちばん近い福岡は決定。年末の大阪もだいじょうぶそう。せっかくだから、いちばん遠い札幌にも行ってみたい。そして、松山も、フェリーに乗ればうまいぐあいに行けそうだ。松山にはこの年の1月にも行ったので、だいたい街のようすは押さえている。そして、個人的にいちばん好きな乗り物が船なので、そういう意味でも楽しそうだなぁと思った。こうして、冬のライブツアーは4ヶ所で見ることに決定。そして、その最初が松山になった。
チケットが届いたのは公演日の1週間くらい前だった。さっそく封を開けてびっくり。なんと「A列19番」。1列めってこと!? これまでいろんなライブを見てるけど、1列目なんて2回ぐらいしかない。このライブツアーで最初に行く会場だったので「最初で運を使いはたしたな」と思った。実際はそんなことはなかったけど…。
小倉港を出航したのは前日の22時少し前。夜間航海のフェリーに乗るのは20年ぶりぐらいになる。ラウンジにはクリスマスのデコレーションがあった。なんだか楽しいライブになりそうな気がした。
フェリーが松山観光港についたのは午前5時。あまり早く船を下りてもすることがないので、そのまま7時過ぎまで船の中にいた(現在はこのようなことはできなくなっている)。それから電車に乗って朝の松山市街に出る。まだ店もほとんど開いていないのであちこち歩き回っていた。自動販売機で「泡立つカフェオレ・カフェチョコ」の広告POPを見て「熊本ではあまり見かけないなぁ」とか思っていた。そのあとは献血に行ったり道後温泉に入ったりしていた。いま思えば、温泉は朝から開いているのだから、最初に朝風呂っていうのもよかったなと思うけど…。
この日は、当時bayfmで放送していた「Shocking Pink Vibゥs」という番組のボードで知り合った、東京のふぃあなさんというファンの人と会うことになっていた。平均すると月に1回以上はいろんなライブを見に行く自分だけど、実はこれまで、ほかのファンの人と話したとか、ましてやいっしょに見たなんてことは1回もない。そのほうが「やりやすい」というか、知らない人ばかりの中だから好き勝手に動けるってことなんだけど…そんなふうに考えている自分にとってはものすごく異例なことだった。まぁ、せっかくボードを通じて知り合ったのだし、ごくごく自然な流れではあったけど…。「15時に、会場前で会いましょう」ということにしていた。「わかりやすいように、真っ赤なジャケットを着てきます」とボードに書いていたら、「じゃぁ、負けずに金色のコートを着てくる」という話になった。そして、ちょうど待ち合わせ時間に電車を降りると…金色のコートを着た人がいた。「じゃぁ、中に行きましょう」と言って、会場へ入った。
会場は、道後温泉から電停で3つぐらいのところ。いかにも「あぶく」が大きくふくらんでいたころに建てたんだろうなぁという豪華なものだった。喫茶室に行くと、ほかに客はいなくてものすごくさびしかった。いかにもこの手の建物にありがちな話。とりあえずコーヒーだけ頼んで、いろいろとファンになった話とか、建物の話とかをしていた。bayfmあてのはがきを寄せ書きしたりもした。1時間ほどたって、「閉店時間です」と言われて追い出され、そのあとは、2階の踊り場で話を続けていた。会議室の前に置かれた内線電話の番号表を見て、「楽屋に電話してみようか」とはしゃいだりしていた(もちろん、ふぃあなさんね<笑>)。17時ごろになってくると、すこしずつ人が集まってきた。親子連れ、「それはちょっとちがうんじゃない?」というコスプレの人、などなど…2階から見下ろしながら、いろいろと客の批評をしていた2人。
開場時間をちょっと過ぎたところで、今回のライブ会場であるサブホールへと入った。1000人ぐらい入る会場のようだった。熊本でいえば県立劇場の演劇ホール…って、地元以外わからないか(笑)。
そして、席についてみてびっくりした。「19番」というのは、左側だと思っていたら、なんと中央だった。目の前にマイクスタンドがある。手を伸ばせばIZAMちゃんに届くはず。ひえー。一気に緊張してしまった。まだ、そんなにたくさんライブに行ったわけでもないのに…。そして、開演時間が迫ってくる。
「(初日の御殿場では)最初の曲は『VOICE』だったよ」と、ライブ前にふぃあなさんから聞いていた。事前に知っていると、あまり緊張しないような気もするけど、かえって緊張してしまうのはなぜだろう? 時間が押しているだけに、いつ「VOICE」が流れ出すのか緊張する。そして、20分近くおくれていよいよステージにメンバーが出てきた。
…ほんとに、目の前にIZAMちゃんがいる。1mも離れていない。なにをどうしていいのか、まったくわからずにいる自分がいる。いくら回数が少ないとはいっても、初めて見るライブではないのだから、流れも身の動かし方もわかっているはずなのだけど、動けない。びくびくしながら左右を見ると、やはりうまく動けずにいる。かえって、少しうしろにいる人たちのほうが元気に動いてるような気がする。「自分が、こんなところにいていいのだろうか」と思う。ここでは、ファンは「みかんちゃん」と呼ばれていたのだけど、「元気ないねぇ」とか言われたりして、よけいに動けなくなる。自分は地元の人間ではないから、なおさら申しわけない気になる。
そんなぐあいなので、曲目はほとんどおぼえていない。
ライブでは恒例となっていた「IZAMちゃんタイム」。この日のネタは「おばちゃんのふしぎ」。(1)おばちゃんはどうしてあんなにせわしくしゃべるのだろうか?という話。(2)まだ首もすわっていない赤ちゃんを「この子がファンなんです」といって握手を求めるのはやめて!という話。(3)ある雑誌の「肌の手入れをしていそうな有名人」ランキングで2位だった。1位はだれだ?と思って見たら鈴木その子だった…という話。この3本でした。
あと、NIYくんが、A・O・Iさんのほうに走っていって、そのままステージから落ちた。そのあと、なんと病院に行ったらしい(このようすは、のちに「LOVER'S FILM」に収録されることとなる)。
そして、2時間ほどで、ライブが終わった。長いのか短いのかさえもわからないくらいに緊張してしまっていた。ふぃあなさんに話しかける自分は、なんだか言い訳口調になっていた。顔が引きつっていた。せっかくの席なのに、なにもできなかった自分がくやしかった。そしてなによりも、メンバーにも申しわけないと思った。
会場を出て、ふぃあなさんに「また福岡でお会いしましょう」と言ってタクシーに乗りこんだ。ライブ会場から港へ向かう人間もそうそういないよなー、なんて思いながらこの日のライブのことを振り返っていた。せっかく松山までやってきたのに、もっと楽しい思い出にしたかったのにな…と、ずっと思っていた。
当然のごとく、フェリーで帰る人などほかにはいなかった。ツアーパンフレットと、ライブ会場で使ったサイリウムを持っている自分は、乗客の中でもなんだか浮いている。複雑な気持ちのまま、揺れる船の中で眠りについた。
翌日は月曜日だった。もともと、午前中だけ休んで仕事に出るはずだったけど、札幌行きの話をしたとき「この忙しい時期に休む気か」と言われ、とてもそんな状態ではなくなって、そのまま仕事に出ることにした。フェリーは朝の5時に小倉港につくので、十分仕事にも間に合ったのだけど…(当然、前日に松山に行ったことなど誰も知らない)。いろんな意味で、印象に残る出来事だらけの松山のライブだった。